#09豊田建築工房

東京メトロ・大手町駅から、東西線に乗って千葉方面へ。
東西線は現在、千葉県の西船橋駅と東陽勝田台駅を結ぶ東葉高速鉄道と直通運転していて、大手町から40分ほどで北習志野の駅に到着します。

今回訪問する予定の設計事務所は、千葉県船橋市を中心に活動している豊田和久建築工房です。
代表の豊田さんが車で迎えに来てくれるということで駅前の待ち合わせ場所で待っていると、鮮やかな濃いブルーの車が、黒いタクシーの群れの中をすーっと滑りこむようにこちらに走ってきて、目の前で止まりました。
中から窓越しに会釈をしてくれたのは、豊田さんでした。

車に乗って5分ほどすると、住宅街に入り、灰や茶、青など控えめな色あいの風景の中に、桜色と杏色の組み合わせが印象的な、少し背の高い3F建ての家が見えてきました。
最上階に事務所を備えた豊田さんの自宅です。

正面から見て左、桜色の棟の1Fに豊田さん宅の入口はあります。
ドアには青いビー玉が中央一列にきれいにはめ込まれていました。よく見ようとしたのですが、トントンと豊田さんが階段を上がって行く足音が聞こえたので、急いで靴を脱いで、後に続きました。階段を一気に一番上の階まで上がると、部屋が1つ、ありました。

豊田
ここが、ぼくの事務所です。

階段室から部屋に入ると、ゆるやかにまるみを帯びた天井の、柔らかく、明るい空間がありました。手前はソファとテーブルが置いてある打ち合わせスペース、奥のデスクや本棚、コピー機が置かれているのが豊田さんのワークスペースになっています。突き当たりのテラスドアからはルーフバルコニーが見え、午前中の光が降り注いでいました。

―明るくて、一番上の階にあってちょっと隠れ家みたいで、良いですね。
それに、この天井・・・

豊田
くじら屋根って、呼んでいます。斜線制限や日影規制をクリアするために屋根に勾配をつけると、高低差がつき過ぎてしまうので、湾曲させようと思ったのがきっかけです。その結果、高さを抑えることができたし、まるみを帯びた柔らかい空間が生まれたんですよ。

そんな空間をつくりあげる豊田さんは、紛れもなく建築家なのですが、まとっている空気は、良い意味で建築家っぽくありません。
気取りがなく、ポリシーをしっかりと持った、学校の先生のような雰囲気です。

―ふだんはどんなふうに過ごしているんですか。

豊田
朝7時に起きて、午前中の仕事をして、昼食後は散歩を兼ねて近所へ買い物に行きます。午後は仕事を再開するのですが、夕方までに終わらせます。そのあと、体育館に行くので。

―体育館?

豊田
実は、子どもたちに器械体操を教えているんです。

―それは、お仕事として?

豊田
ええ、そうです。体操クラブのコーチをやっています。今、昔の教え子が戻って来て、指導や練習の手伝いをしてくれたりしているんですよ。

―すごいですね。
建築家と、体操のコーチと、二つの顔をお持ちなんですね・・・!

豊田
僕はもともと高校まで体操の選手で、将来は体操の先生になれたらと考えていた時期がありました。一方で、小さい頃からものをつくるのが好きで、建築にとても興味を持っていたので、建築学科へ進むことにしました。体操の選手としての活動に区切りを付け、新しく建築の道を歩み始めようとしていたそんなタイミングに、期せずしてそれまで体操を教わっていた先生から、指導を手伝ってみないかと誘われたんです。

―さっそく、一つ夢がかなったんですね。

豊田
そうなんです。そこである意味、僕の夢がかなってしまった。ひょっとすると、そのことがなかったら、僕は建築設計という仕事についていなかったかも知れない(笑)。

―生徒さんや体操を通じて知り合った方は、豊田さんの本職が建築家だということを知らない人も多いんじゃないですか?

豊田
はい(笑)。体育大学出身で、スポーツの指導者だと思っている人が多いんじゃないかな。

豊田さんの建築家としての仕事の縁を広げてくれたのも、実は体操のOBの方だったそうです。

豊田
あるとき、建て主さんとの打合せが入っていて、体操の教室を途中で抜けなければならなかったことがあったんです。すると先輩に「なぜ途中で抜けるの?」と理由を聞かれたので、「実は本職で建築設計をしているんです。」と説明して、名刺をお渡ししました。

―きっと驚かれたんじゃないですか。

豊田
ええ。でも一年後、その方から「家の建て替えを考えているので、設計をお願いしたい」という電話をいただきました。完成した時は、それは気に入ってくれて、娘さんの家の設計も依頼してくれました。
今一緒に仕事をしている工務店の1つは、そのときからの付き合いですし、娘さんの家を見て、うちもお願いしたいと言ってくれるお客様も現れ始めました。

そんなふうに、次々と建築の仕事の縁が広がっていったそうです。
体操のOBの方の話がなかったら、いま全然違うことになっていたと思う、と豊田さん。
仕事を得ようとして渡したわけではなかった名刺が、その後の仕事の縁をつくることになったというのは、とても興味深いエピソードですよね。

―建て主さんとの家づくりで特に大切にしていることはありますか。

豊田
建て主さんができるだけ不安の要素を残さずに打ち合わせを進めていけるよう心がけています。具体的に言うと、お金と仕様について、できるだけクリアにして進めて行きます。

設計事務所に家づくりを依頼することは、よく特注品のオーダーに例えられますが、住まいへの希望が自由に実現できる分、価格も決まっていません。
良い家は欲しいけれど、いくらかかるんだろう?という不安は、抱えずに済むのならできるだけそうしたい、と思うのが、買う側としての心理ではないでしょうか。

豊田
僕はいつも最初にお客様の予算を聞いて、それをできるだけ守ることを前提で設計を進めていきます。そして、僕からも設計の初期段階で坪あたりいくらかかるのか、お客様へ金額を明示していきます。

―お客さんにとって、「見える」家づくりだということですね。

豊田
仕様についても、たとえば熱源について言えば、自宅の1Fにオール電化、2Fにガスを使用していますし、温熱環境について言えば、冬は床暖房、夏は自然風とエアコンを使わなくても快適に過ごせるよう設計しているので、実体験に基づいたお話をすることもできますし、お客様に訪れていただければ体感してもらうこともできます。

―豊田さんに依頼してくれたお客さんには、共通点ってありますか?。

豊田
正直な方が多いと思います。
最初に腹を割って、自分ができることをお伝えするからでしょうか。
結果としてお客さんも正直に話してくれるようになるのかも知れないですね。

―たとえばお客様の要望を反映した提案にかかる金額が、予算を上回ったとします。
何かを削らなければならないけれど、どこを削れば希望通りの住まいに近づけるのかわからない、そういうお客様って結構いるのではないかと。
でも、その判断って、実は一般のお客様には簡単なことではないと思うのですが、豊田さんならどうされますか。

豊田
そうですね、その場合はお金のかけどころを整理する必要があるのではないでしょうか。実際に暮らし始めた時に、それが本当に必要なのかどうか、あるいはそれがどの程度必要なのか。最近はインターネットなど情報がたくさんあふれているので、きちんと情報を整理して説明するように心がけています。
そうすることで、結果的に余計なお金をかけずに、良い家をつくることが出来ると思います。

建築家との家づくりで、希望する家を予算内に実現するためには、設計の初期段階から、建て主も建築家も、お互いの譲れない条件をクリアにすることが大事な秘訣のようです。
また、豊田さんのように、専門家から仕様とコストのバランスについてアドバイスがあれば、建築家との家づくりはとても心強いものになるのではないでしょうか。