#07須藤三鴨建築研究所

新宿駅から、中央線に乗って吉祥寺方面へ。

西新宿の高層ビル群がみるみるうちに後ろへ流れ去り、景色は徐々に木々の緑と、背の低いビルや住宅へと移り変わって行きます。
中野、高円寺を経て、10分ほどすると西荻窪駅に到着しました。

ホームに降りると、新宿にいたときに感じていた急ぎ足のテンポが、いつの間にか消えていることに気がつきました。

今回は杉並区と武蔵野市の堺、吉祥寺方面歩いて5分ほど、西荻の一角に拠点を置く三人の建築家による設計事務所をご紹介します。

須藤一栄・三鴨泉建築研究所は、代表の須藤一栄(すどうかずえい)さん、三鴨泉(みかもいずみ)さん、そして吉本行臣(よしもとゆきおみ)さんが共同で主宰する設計事務所です。須藤さんと三鴨さんは、お互いの人生のパートナーでもあります。

須藤さん

独立する前、須藤さんは製薬会社の社屋や物流センターの設計、三鴨さんは大手建設会社でランドスケープ・デザイン、吉本さんは神谷宏治氏の主宰する設計事務所でさまざまな規模、用途の建築物を設計していたそうです。
(神谷 宏治・・・丹下健三の下で都市と建築の設計に従事し、国立代々木競技場では設計チーフを務めた建築家。)

三鴨さん

独立するにあたっては、それまでできなかったことを実現したい、という思いがあった、と三鴨さん。夢はいつも、新しい何かをスタートするための原動力になります。

―三鴨さんの持っていた夢って何だったんですか?

三鴨
ユーザーに対面して、自分の考えや表現を提案して、建築をつくりたかったんです。

―もともと建築や表現の仕事をしたかったんですか?

三鴨
そうですね。そう思うようになったのは中学生くらいかな。もともと絵が好きで、特にユトリロの絵が好きで。ヨーロッパの古い町並みに惹かれたのが建物や表現に興味を持ったきっかけでした。学生時代には実際にヨーロッパへ旅行したりして、次第にそういう仕事をしたいなあという思いが強くなっていきました。
モーリス・ユトリロ(1883−1955)

フランスの画家で、パリの街路、建物、運河など身近な街並みを描いていた。
ありふれた風景の中に、独特の詩情と静けさがある。

―須藤さんはいかがですか。

須藤
僕?僕は・・・最初は特に建築設計をやろうというふうには、意識していませんでした(笑)。祖父が大工になりたかった人だったので、小さい頃は一緒に小屋を作ったりしていました。だから現場の雰囲気や、大工さんの仕事は昔から好きでしたね。

―吉本さんは?

吉本
小学生のとき、黒川紀章さんの福岡銀行を見たんです。全体的に黒い建物で、中央に大きな吹き抜けがあるんですけど、その日はちょうど霧がかかっていたので、怖いくらいにそびえ立っているように見えました。それがいまだに印象に残っていますね。その頃から、なんとなく建築に進もうと決めていましたね。
吉本さん

事務所の窓から、中央線の高架橋が見えました。時々電車が通る音が聞こえてきます。
杉並区のこのあたりは、東京女子大学をはじめとした教育施設が多く集まる文教地区で、アンティークの雑貨や、古書店が多いことで知られているエリアです。

―なぜ、西荻を拠点にしようと思ったんですか?

須藤
ここに初めて降りたのは20代の頃なんですが、すぐに気に入りました。
のほほん、としていて、感覚的にしっくりきて、以来ずっと住んでいます。

―吉祥寺が近いとか、新宿が近いとか、そういうことではなかったんですね。

三鴨
この街は、自由人が多いというか、ふつうのサラリーマンではない人が結構住んでいるみたいです。有名な料理研究家親子とか。
須藤
最近映画作品が話題になった女性小説家をよく見かける。
吉本
前は、取扱注意の作家と呼ばれる、あの有名な現代美術家もいたらしいよ。

−すごい、西荻。文化人を輩出してますね(笑)!

吉本
でも、みんな有名になると、西荻を出て行くんですよ(笑)。

―育って巣立つ、みたいですが。文化人の温床なんでしょうか(笑)。
 食べ物も美味しそうですが、気に入っているお店とかありますか。

須藤
「それいゆ」っていう喫茶店があるんですが、昔の喫茶店にあったような、何とも言えないゆるーい感じが、僕はとても気に入っていますね。むかーしのナポリタンを食べさせてくれるんですよ。一人でふらっと入れてね。
吉本
そうそう、このあたりの喫茶店や飲み屋は、一人で入れるお店が多いよね。ほかの大きい街行くと、どうしてもグループでとか、最低二人で入らなきゃいけない感じがあるじゃないですか。でもここは一人で飲み屋に入っても許してくれるというか。むしろ、隣に座っていた人と喋っていたら、結構楽しかった、みたいなことが普通にあるんですよ。
須藤
そういうことができる西荻は、いい街だと思う。

西荻の街はとても気に入っています、と三人。

三鴨
アンティークのお店なんかも多いからか、古いものを大切にしている人が多いですね。
新しければ良い、っていう感じがないのも、気に入っている理由のひとつです。

―わたしはHPとそこに掲載されている作品写真を見たんですが、西荻のそういうところを気に入っている須藤さんたちと、須藤さんたちがつくる家や建物の持つ空気感が、なんとなく通じている印象を受けました。
家づくりで大切にしていることってありますか。

三鴨
わたしたちは、建て主さんのお子さんの代まで大事にされるような、「住み継ぐ」ことのできる家を作りたいと思っています。
家は建てて終わりではなく、不備が出たらメンテナンスして、暮らしが変化したらリフォームする。そんなふうに、ずっと付き合っていくものだと考えています。

家を建てるなら、誰しも長持ちする家を建てたいと考えるもの。
しかし、日本の家の平均寿命は約26年だと言われており、アメリカの約44年、イギリスの約75年など、他の先進国に比べてみると、非常に短いというのが現状です。

―たしかに、2度家を建てた、という話はよく聞きますね。
 「住み継ぐ」家をつくるために、どんなことをされているんですか。

三鴨
10年、20年すると家族が減ったり、増えたりして、暮らしが変わるタイミングがやってきます。そうした場合に建物を変えることができたら、つまりリフォーム可能であれば、価格、暮らしの両面で建て主さんに負担がかからなくて済みます。環境にも配慮することができますしね。だからまず、建物を変えやすいようにつくるようにしています。
たとえばスケルトン・インフィルが可能で、地震にも強い構造をあらかじめ採用したり、暮らしの変化に対応できる間取りを提案したりしています。

日本の住宅の寿命が短い理由のひとつに、リフォームのしにくさが挙げられます。
最近、リフォームやリノベーションが話題になっていますが、戦後供給されてきた木造住宅は、間仕切りや壁の変更に充分に対応できるつくりをしていないものが非常に多く、最終的に取り壊してしまうといったケースもあとをたたないようです。

吉本
それから、デザインは無理のないようにしているよね。

―強いインパクトがあるのではなくて、必要なものひとつひとつにさりげなくセンスが光るようなデザインが、素敵だと思います。

須藤
新築だけでなくメンテナンスやリフォームに対応できるネットワークは大切にしています。
仕事は一人でやるものではなくて、みんなでやるものだと思うから。

―特に建築は、その最たるものですよね。

須藤
みんなでやる、と言うと分散しているように聞こえるかもしれないけれど、それぞれが得意分野を担当して、きちんと情報や目的をシェアしていれば、人数以上の成果が出せると思っています。
僕たちは、現場で監督や職人さんとコミュニケーションをとりながら全体を調整していくわけですが、そこで親しくなった職人さんたちの中には、本当に素晴らしい腕を持っている方がいるんですよ。
吉本
さまざまな業種の職人さんや業者さんに出会って行くうちに、どんどんネットワークが広がって行って、今では直接仕事を頼んだり、紹介したりしているよね。
「仕事は周りとの連携でやるもの」
そう言いながら、須藤さんは「家」を中心に囲む「施主」「大工」「監督」「設計」という輪を描いた。

―なるほど、
 須藤さんにメンテナンスを頼んだら、もれなく腕のいい職人さんが来てくれそうですね。お客様の反応はいかがですか。

三鴨
建て主さんたちは、実際に暮らし始めてからも気軽に電話で相談してくれますよ。

―気に入ってもらっている何よりの証拠ですね。

上棟のようす。手前−左より、三鴨さん、須藤さん、鳶の親方、大工の棟梁(2人)、
奥−白い作業着を着ている建設会社の監督2人と、職人さんたち。

―お話をうかがっていると、須藤さんたちの事務所は地域に根ざした、かかりつけのお医者さんのような存在だと思ったのですが、そういったことはお考えですか?

須藤
ええ、特に中央線沿線に根差していければと思っています。
三鴨と僕は、少し前から杉並区の木造耐震診断士としての活動も始めました。
三鴨
30〜40年前の建物や家に住んで不安を抱えている方たちが、このあたりにはたくさんいらっしゃいます。たとえばわたしたちが耐震工事の依頼方法やおすすめできる依頼先をアドバイスすることで、少しでも気持ちの負担が軽くなれば、と思いますね。

―設計者がひとつの地域に基盤をおいて、家や暮らしに関わるさまざまな「こと」の相談窓口になるというのは、今までありそうでなかった役割ですね。
そんなふうに考えるようになったのは、やはり西荻という土地との出会いが大きいのだと思いますが、須藤さんたちにとって、西荻とはなんでしょう。

須藤
自由な人が多くて、自分もその一人になりたい(笑)。
僕たちはここからスタートしたので、今まで依頼してくれた建て主さんたちにずっと安心して暮らしてもらうためにも、西荻から、皆さんの家づくりの力になっていければと思います。

須藤さんたちのように、地域に根ざして品質の高い家づくりをこころみ、家を建てたあとも維持管理を請け負うという発想は、実は工務店に共通認識されている「家守り」と呼ばれる概念です。

建築家、現場監督、職人―
お互いの役割と得意分野を尊重して、家をつくり、維持していく。
そういったネットワークを築く力と、
家に対する全体的な配慮、
そして、ひとの気持ちをつかむデザインセンスを合わせ持つ須藤一栄・三鴨泉建築研究所。
これから必要とされる、新しい設計事務所の姿を見た気がしました。